プラセンタとその歴史
■プラセンタの基礎知識

胎盤と胎児は、発生学的に同一の起源をもつ
私たちが一般的にプラセンタと言うとき、胎盤と呼ばれる絨毛組織と臍帯(へその緒)の両方を指します。出産と同時に胎児とともに母体から排出される、一般的に「後産」と呼ばれる組織です。
胎盤は胎児を育む臓器ですが、胎盤は元々母体に由来する臓器ではありません。受精した卵細胞が、一部は胎盤に、一部は胎児に分化していくのです。

つまり、発生学的に胎盤と胎児は、同一の起源をもつのです。

しかし胎盤は、母体内で胎児を育み、出産と同時に死を迎える一方、胎児は同じ起源をもつ胎盤に育てられ、出産と同時に生を受けるのです。
受精した卵細胞が、その分化の過程で胎盤になるか胎児になるかは、全くの偶然により決定されると考えられています。



胎盤は胎児細胞を分化・増殖させつつ、ガン化を強力に抑制する

受精・着床から出産まで約10ヶ月間に及ぶ妊娠期間は、大きく「分化」、「増殖」、「成熟」の3つの時期に分けられます。
受精卵は初期細胞分裂を繰り返し、ES細胞(胚性幹細胞)となります。ES細胞は、その後ヒトの身体を構成する全ての細胞の原型(幹)です。
ES細胞は胎盤と胎児に機能分化した後、胎児となるES細胞は、胎盤からの指示のもと、更に大まかに14種(系)の幹細胞に分化します。

胎盤は、個々の幹細胞の更なる分化を誘導しつつ(例えば、造血幹細胞は赤血球、白血球、血小板等に分化)、分化させた個々の細胞の増殖を強力に促進します。1個の受精卵が、胎児だけを考えても10ヶ月後の出産時には、約60兆個まで増殖するのです。
この増殖曲線は、未分化ガン細胞の増殖曲線とほぼ一致すると言われています。胎児細胞の増殖は、コントロールされた異常(病的)増殖 Controlled Abnormal(Morbid)Growthと呼ばれる所以です。
しかし、胎盤に異常がない限り、ガンの状態で生まれてくる胎児はいません。胎盤が、胎児細胞の増殖をコントロールするとともに、ガン化を強力に抑制しているからなのです 。

国立遺伝研究所変異遺伝部長の賀田恒夫博士らは、放射線や変異原物質による発ガン作用を、胎盤抽出物が有意に抑制することを報告(1983年)しています。



胎盤は細胞増殖だけでなく形態形成を抑制する

細胞は、単に増殖するだけでは何の意味も持ちません。胎盤は、胎児細胞の分化や増殖をコントロールするだけでなく、更に形態形成を行うのです。
つまり、胎盤は細胞を増殖させるのと同時に、更に各種臓器や筋肉、血管、骨等の組織・形態を造るよう細胞に指示します。

また、胎児の様々な組織・形態が形成されるまでは、不完全な胎児の代わりに、肺、肝臓、腎臓、消化管、各種ホルモンの分泌臓器など様々な臓器の機能を代替します。



胎盤は胎児に先天的免疫能を付与する

胎児は出産後、直ちに外部からのウィルスや細菌、かび等の真菌、様々なアレルギー誘因物質(アレルゲン)等、「抗原」物質からの脅威にさらされます。
これらの脅威に対抗するための先天的な免疫システムを構築し、胎児に付与するのも、胎盤の重要な機能の1つです。



出産後、新生児は胎盤の機能を代替する


生まれてきた新生児は、ヒトという個体としてはまだまだ未完成です。個々の細胞は、成体になるまでさらに増殖や成長、成熟を遂げなくてはなりませんし、初めて外部からの敵(抗原)に直接接する経験を得ることで、後天的な免疫能も獲得しなければなりません。

胎児と胎盤は発生学的に同一の起源を有するということは先に述べましたが、出産まで自らの成長の制御を胎盤に全面的に依存してきた胎児は、出産と同時に胎盤と切り離された後、新生児として、胎盤が胎児のために行っていた機能を、個体として一人立ちできるまでの間、自ら代替することになります。

■プラセンタの歴史

プラセンタ療法はヒポクラテスの時代からあった
最近にわかに注目されるようになったプラセンタ療法ですが、決して新しい治療法ではありません。その歴史は、紀元前・古代ギリシャ時代にさかのぼります。プラセンタの薬効はその頃から知られており、「医学の父」と呼ばれるヒポクラテスも治療に使っていたという記録が残されています。

漢方薬の長い歴史を持つ中国でも、胎盤の薬効は古くから注目されていました。紀元前3世紀には、傷の治療薬として使われていたようです。また、あの、死ぬまで不老長寿を求めたという秦の始皇帝は、胎盤を不老長寿の薬のひとつとして使ったそうです。

胎盤が漢方薬として初めて書物に登場するのは、紀元後10世紀の頃です。唐の時代に編纂された『本草拾遺』に、「人胞」「胞衣」という名前で薬として紹介されています。こののち、中国の代表的な薬物書『本草項目』(1596年)には、「紫河車」という名前で胎盤の薬効が記されています。
それによると、紫河車は「気血を養い、精を補い、解毒作用があり、心を安んずる」生薬だということですから、胎盤に滋養強壮や精神安定効果があることがうかがえます。

紫河車はその後、さまざまな漢方薬に配合され、現在も使われています。また韓国や日本にも伝わり、日本では加賀の国(石川県)の秘薬として知られる「混元丹」に、紫河車が使われています。この混元丹は、虚弱体質を改善し、慢性の結核によく効いたそうです。

薬としての効用だけでなく、美容や若返り効果も昔から知られていました。真偽はともかく、エジプトの女王クレオパトラがプラセンタで美貌と若返りを保っていたとか、フランスの悲劇の王妃マリー・アントワネットが若返りの妙薬として使っていたという話が残っています。

いずれにしても洋の東西を問わず、また時代や国境を越えて、胎盤が人々の健康や美容のために使われてきたのは間違いないようです。

吉井 友季子 著「女医が書いた美しさと健康の秘訣」より抜粋
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